その境界線


斜里町からウトロに向かう途中に流れる
遠音別川では、たくさんのシロザケ達が
時に強く躍動しながら溯上をしています。
先月までは流れる川を見ながら、、
「今年はホントに溯上するサケが少ないねぇ」と
みんな口々に言っていましたが、
やっと“らしい”姿になった気がします。

そんな風景にあって、
僕らの目をひくような主役はやはり
流れの中で力強く左右に揺らめいている
“生”あるサケ達ですが、
その傍らには夥(おびただ)しい数の
彼らの亡骸が川底で静かに横たわっています。
身体には目立った傷も見られないものが多く、
何故このようになってしまったのか。

きっと自らの子孫を残す前に力尽きた
ものも多いことでしょう。
僕は考えます。
その目の光が消える前に
映ったものは一体何であったのでしょうか。
また、僕ら人間と同じように考えられる能力が
あったとしたら、何を思って尽きていくのでしょうか。

あぁ、躍動するあのサケたちも産卵が終われば
尽きていくのだ。

どこからかたくさん集まってきたカモメ達が
その身体をついばんでいます。
ある場所ではオジロワシやヒグマの
お腹も満たすのかもしれません。

そう考えた時、この自然において
“生あるもの。”と“死するもの。”
どちらが主役で、どちらが脇役であるか
なんていう境(さかい)は
極めて曖昧なものに感じてしまいます。

写真家の星野道夫さんの書いた本を
読んだ日の情感を思い出しました。
** I to U **BYつよし

風を聴く森*知床のブログ

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