そこに意味はなく。


※※なんだか長文を書いてしまいました。
気がむきましたら、時間があるときにでも
読んでくださいませ。。。※※※

写真のトドマツの幹についた傷あと。
ガリガリガリっ、とえぐれた所から
にじみ出ている樹液を覗いてみれば、
むこうの風景がゆがんで見えました。
そんな事はさておき、、
ご想像された方は多いかもしれませんが、
これは想像のとおりヒグマの爪あとです。
まだ生々しさを感じるあたり、去年の秋、
もしくは数ヶ月前のものかもしれません。

このトドマツの木には
彼らの食べ物になるようなものは特に見られませんが、
隣にある木の幹にヤマブドウが巻きついていたので、
きっとその実を食べようとよじ登ったのでしょう。

しかし、いかがでしょう?
“ヒグマの”となるだけで多くの方は
気持ちの中で、そのこと自体が“特別なこと”と
身構えてしまうのではないでしょうか?
きっと実際に見たり、聞いたりすればそれ以上に。

誤解されたくないので先に書きますが、
ヒグマが住む環境というのは
現在においては確実に特別なことで、
また僕はとても素晴らしいことなのだと思います。

ただ、ヒグマがこのトドマツにのぼること、
そこに深い意味はないのです。
ただただ、、お腹がすいて、
もしくは冬眠をする前に栄養を蓄えておこうと、
(人間は冬眠しませんが、)それはある意味で
いたって普通のことではないでしょうか。

彼らの生活は僕らに比べると
とてもシンプルかもしれません。
ですが、根本は共通するはずなのです。
僕はもっと彼ら(ヒグマを含めた動物達)を
「理解」したいと日頃から思うのですが、
こんな生活の姿に「理解」の足がかりとなるものが
あるのではないでしょうか。

僕は時々、用事等で東京などの都会に行くと
どうしようもない孤独感におそわれます。
こんなにたくさん人はいるのに。
この世界には僕らしかいないのかと。
そんな時に携帯電話に転送した
今日の写真のような傷あとを見て、
僕がいる世界を確認するのです。
** I to U **BYつよし

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